長光寺の縁起・歴史

長光寺全身長光教会

※写真は明治43年長光教会開創の写真。
左より真義院日温法尼、発起人大法院蓮乗日持居士、真宣院日徳法尼

 

明治23年、腰越の地に放光山円教堂(お山の祖師堂)が開堂。
発起信徒24名が堂宇の護持と御題目信心の法灯を腰越の地に灯した。

 

その後明治43年に現在地に長光教会を興し、蓮光寺26世真珠院日斌上人、真義院日温法尼、真宣院日徳法尼により教宣を拡大し、依田窪一円に信徒1,000名余りを数えるに至った。

 

その後、跡継ぎのいなかった長光教会の尼僧の元に父親の当病平癒祈願をしてもらった恩を返すために、先代真妙院日規上人が在家として跡継ぎなった。
戦後間もない昭和21年、日規上人が寺号公称して明玉山長光寺を設立、初代住職となる。

 

終戦後、本格的に布教をはじめた日規上人は、雪深い信州の道を太鼓一本で片道10キロの道を寒行を行い、さらには御祈祷と霊断による布教でさらに信徒を増やし、現在の長光寺の礎を作った。
平成8年には法灯継承を行い第二世小島昭英上人が住職に就任し、現在に至る。

 

現在も先代より引き継いだ御祈祷と霊断によって未信徒の教化に力を入れている。


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